沈んだ叡智の塔

存在証明、ぞんざいに

最近どうにも俺の様子がおかしいわけだが

仕事が辛い。

自分の中から湧き出る負の感情というものがどうにも収まらず、結局の所自分のレベルまで皆が落ちればいいといった、マイナスな思考をここ最近ずっと考えている。

寝ても眠れず浅い眠りとなっておりいかんし難い辛さを感じる。大体三時間以下の睡眠時間。

生きるのが辛い。

人は何の為に生きるのか、といった命題に対し、それを探すのが人生だ。が適切な回答なのだと学生時分には思っていたが、何の為なんかじゃなくて、ただ死までの暇つぶしが正解なのだろう。

どう生きたところで終着は同じ地点であるから執着しても仕方あるまい。

無に帰するだけ。

RPGのラスボス的な思考をするならば、我と共に無になろうといった、先ほど述べたように全員を道ずれにするといった結末を求めてしまう。ラスボスは力があるから、出来そうな所まで行くが俺にはそんな力はなく、流されるだけだ。

故郷に残した両親を考えると、そろそろ潮時かなとずっと考えている。

何がしたかったんだろうか。何を間違えたんだろうか。

趣味というのが無くなった。

何事にも興味が出てこなくなってしまった。もうダメかもしれんね。

死んでリセットというのが出来ればいいんだけどさ。一度っきりしかないわけよ。それは最終手段とは理解している。自室の部屋を掃除しなければ迷惑がかかるからまだ出来ない。

断捨離という言葉がある。

行動を突き詰めると自分自身も要らなかったという脳内結論に至るわけで、実行したらそこまで行く気がします。俺自身に価値あるものを持っていないし、火事が起きても無くなって哀しむような物は持っていないんだよな。俺が亡くなって哀しむような人もいないわけだが。

楽しいことを見つけなければいけない。

ここまでツラツラと書いたが俺は何がしたいんだろうか。

まずは部屋の掃除だろう。